ふわふわふわ。
真っ赤な風船が空に向かって飛んでいきます。
「うわぁ〜、すごいすごい!ほら、町が小さくなってく!見て見て、オッサン!」
風船につかまってはしゃいでいるのはグミちゃん。風船と同じ色の赤いワンピースを着て、赤い長靴を履いています。グミちゃんより小さい青色の風船につかまっているのは、グミちゃんのお家で飼われている「オッサン」という名前の子犬。グミちゃんの声に答えるかのように、シッポをせわしなく振っています。
「これからな、チョコレートの国に行くねんで。そこに行ったらな、好きなだけチョコを食べてええねんで。」
グミちゃんは大はしゃぎ。だって、チョコレートが大好きで、となりの「カドヤ商店」という駄菓子屋さんの前を通るたびに、胸がどきどきするほど。でも、
「虫歯になるし食べたらあかん。」
ってお母さんに言われているので、グミちゃんはあまり買ってもらえません。グミちゃんより5つ年上のトシオ兄ちゃんはお母さんからもらったお小遣いで買っているのに。なんでなん?お兄ちゃんかて食べてるやんか。グミちゃんがそう言いたいのを見透かすように、
「オレは大人やからええねん。来年は中学やからな。」
トシオ兄ちゃんは大いばり。自分だってまだ小学生なのに、いつもこうしてグミちゃんを子供扱いしています。でも仕方ありません。グミちゃんはこの春小学校に入ったばかり。自転車屋さんを営む忙しいお父さんとお母さんに代わって、グミちゃんの勉強を見たり、いろんな世話をやいてくれているお兄ちゃんにはなかなかさからえないのです。
「チェッ・・。わたしも早く六年生になって、好きなだけチョコ食べたいなあ。」
グミちゃんはカドヤ商店の前を通るたびにいつもそう思っていました。
ところがある日、チョコレート王国の王様からお手紙が来たのです。
「はいけい、青田グミさま。
わがチョコレート王国にぜひ遊びに来てください。
世界じゅうのチョコレートをご用意しています。
好きなだけ、食べていってください。」
そして、お手紙の中には赤い風船と青い風船が入っていました。これをふくらませて、お空を飛んできてくださいというのです。赤い風船はグミちゃんの。そして青い風船は犬のオッサンのもの。残念ながらトシオ兄ちゃんの分はないみたいです。
「いひひ。いい気味や。いつも自分だけ食べてるねんもん。」
グミちゃんはゆかい、ゆかい。グミちゃんはちょっとイジワルな笑顔を浮かべて、さっそく風船をふくらませました。
そうそう、グミちゃんはチョコレートに負けないぐらい風船も大好き。一番の楽しみは、グミちゃんのおうちによくやってくる富山の薬屋さんが、お薬を買ってくれたおまけにと、風船をくれること。「ヨクキク」「はらいた」などと変てこりんな字が書いてあるのですが、赤、青、黄色と色とりどりの風船がグミちゃんには嬉しくてたまりません。「まいど〜!薬屋です〜!」とおじさんが大きな風呂敷をかついでやってくるたびに、グミちゃんは誰よりも早く家の中から飛んでくるほどです。
「そんなにおっちゃんが来るのを楽しみにしててくれてたんか?しゃあない、今日はサービスしとこ。」
しわくちゃの笑顔を浮かべながらいつも風船を多めにくれる優しいおじさんのことも、グミちゃんは大好きです。
「これ、ありがとうは?ちゃんとお礼を言いなさい」
とお母さんにいつも叱られるのですが、グミちゃんはもじもじしてしまってなかなか「ありがとう」が言えません。グミちゃんはとっても恥ずかしり屋で、人とお話するのが苦手なのです。それでも何とかがんばって「ありがとう・・」と小さい声で言うと、薬屋のおじさんは、
「ええ子やな、グミちゃんは。また風船持って来てあげるさかいにな。」
と、グミちゃんの頭をごしごし撫でてくれました。ちょっぴり恥ずかしかったけれど、大好きな風船と優しいおじさんの言葉が嬉しくて、グミちゃんは顔を赤らめながらこっくりうなずくのでした。
さてさて、風船につかまって大空を飛んでいるグミちゃんとオッサンは、グミちゃんが住んでいるくすの木町をどんどん離れて、チョコレート王国へと近づいていっています。
「あのな、マーブルチョコ、いうチョコがあるねんて。赤いのとか、黄色のとか、いろんな色の、ひらべったいチョコが長細い箱から出てくるねんて。フトシ兄ちゃんがこの間食べたっていうてたけど、どんなんかな。チョコの国にもあるんかな。」
最近発売になったマーブルチョコレートが、グミちゃんには気になって仕方ありません。一度だけテレビのコマーシャルで見たことがあるのですが、なにせ白黒テレビ、チョコレートの色まではわからないのです。近所の八幡食堂のひとり息子で、トシオ兄ちゃんの友達でもあるフトシ兄ちゃんが食べたと話していたのを聞いて、グミちゃんはますます興味しんしん。フトシ兄ちゃんは食堂の息子だけあって食いしん坊。グミちゃんが食べたことがないようなおやつの話をするたびに、グミちゃんはうらやましくて仕方ないのです。
「な、オッサン。王様に頼んでみよか。マーブルチョコくださいって。王様もテレビ見て知ってるとええなあ。」
うん、そうしよ、そうしよ。グミちゃんに相槌を打つかのようにオッサンは尻尾をパタパタ。二人とも嬉しくて嬉しくて、早くチョコレート王国に着かないかなあ、とワクワクするのでした。
「グミ!いつまで寝てんの!さっさと起きなさい!!」
・・おや?どこかから大きな声が聞こえます。もしかしてお母さんの声?え、なんで?
「遅刻したらどうすんの!早くしなさい!」
あれ・・?風船は?チョコの国は?・・ぼーっと体を起こしながら、眠い目をこすりこすり。目の前には風船や青空ではなく、恐い顔をしたお母さんが立っています。
「トシオもトシオや!ちゃんとグミを起こさなあかんやないの!」
お母さんはプリプリ怒りながら、洗面所で顔を洗っているトシオ兄ちゃんに向かって怒鳴りました。
「ええ??ちゃんと起こしたで!起きろ、っていうたで!」
「起きてないやないの!お兄ちゃんやねんから、ちゃんと妹の面倒を見なさい!」
必死でお母さんに口答えするトシオ兄ちゃんを封じるかのように、一喝するお母さん。
「なんでオレが・・」
トシオ兄ちゃんはボソッとつぶやき、頭を傾けながら手ぬぐいで顔をごしごし拭きました。なあに、いつものことなんです。トシオ兄ちゃんはグミちゃんの面倒をちゃんと見てはいるのだけど、ボーっとどこか抜けていてちょっぴりだらしないグミちゃんは、なかなか思う通りになってくれないのです。起きろといっても起きないし、部屋を片付けろといってもいつも散らかしてばかり。グミちゃんはトシオ兄ちゃんに叱られるのが恐いくせに、実はあんまりこたえてないのです。
「なんでオレが・・」
いつもそうボヤきながら、グミちゃんの部屋を片付けたり、ちっとも進まない宿題のお手伝いをしたり。生真面目なトシオ兄ちゃんはグミちゃんに手を焼きながらも、どうしても放っておけないのです。
「おい、起きろ!さっさとせんと置いてくぞ。」
業を煮やしたトシオ兄ちゃんに叱られ、ようやく布団から出てパジャマを脱ぎ始めたグミちゃん。
「もうちょっとでチョコの国に行けたのに・・。マーブルチョコ食べられたかもしれんのに・・」
「教科書入れたんか?忘れもんないんか?」
まだ夢から覚めやらずぼんやり着替えをするグミちゃんに、トシオ兄ちゃんはイライラしながら尋ねます。忘れ物が多いグミちゃんのために、毎朝こうして確認してやるのがトシオ兄ちゃんの日課になってしまいました。
「・・わからん・・・」
「わからんやないやろ?寝る前に明日の準備せい、っていっつも言うてるやろ!?」
「だって・・明日の用意する前に眠たくなって寝てしもたんやもん・・」
「アホか!眠たくなる前に用意したらええねんやろ!」
「だって・・だって・・」
トシオ兄ちゃんに叱られ、グミちゃんの顔はもう泣きべそをかいています。いつもこうして叱られるくせに、ちっとも懲りてないグミちゃん。
「ほんまにしょうがないヤツやな!」
顔を真っ赤にして怒りながら、それでもグミちゃんの時間割を見ながらランドセルの中身を確認するトシオ兄ちゃんの後ろで、
「お兄ちゃん、ごめんなさい・・」
とグミちゃんはつぶやきました。でもほんとうはそれどころではありません。頭の中はまだ夢のお話でいっぱいでした。
「もうちょっとでチョコがいっぱい食べられたのになあ。マーブルチョコ食べたかったなあ。」
赤、青、黄色。長細い箱から出てくる、色とりどりの宝石のようなチョコレート。たった一度、それも白黒テレビでしか見たことがない夢のチョコレートたちが、グミちゃんの頭の中でキラキラ輝いていました。
「明日も今日の夢の続きを見られますように。」
グミちゃんは心の中でそうつぶやきながら、ようやく顔を洗いに行きました。洗面所の窓から差し込んだ朝の光が、寝ぼけまなこのグミちゃんを優しく包んでいました。
